保坂 隆
Takashi Hosaka
東海大学医学部基盤診療学系・精神医学
 医療とメディアの関係性は複雑である.優れた医療をメディアが紹介することにより,国民にも医療機関あるいは医療者にとってもメリットは大きい.医療過誤のようなものを探し出して糾弾するメディアの姿勢は国民からすれば頼もしい面もあるが,医療不信を増長させたり病院勤務医を減らしたりする側面もある.いずれにしても医療とメディアの関係性は不安定である.
 メディアにとって医療・医療者はつねに題材であったが,医療者がメディアを評価する場面もあってもよいのではないかなどと考えが及ぶ.国民が最大限,現代医療の恩恵に浴することができるよう,医学とメディアはこれからもっともっと共同していかなければいけない.その議論の突破口がメディア・ドクターであろうと思う.
 

■ 評価対象記事
 今回は実際の新聞記事を評価してみたい.しかし,この評価自体も新聞記者や新聞社や記事中の人物に対して影響を与えるので,すこし古いが著者にも取材があった記事があるので,それを題材にしたい.これは図1に示したように,平成18年(2006)3月14日朝日新聞朝刊の22面記事である.記事の掲載は朝日新聞の許可を得た.この記事は「うつ病癒やす専門病棟」の大見出し以外に「『ストレスケア』全国に広がる」「くつろぎ空間でカウンセリング」「家族への支援や復職訓練も」「薬以外の治療に力/経営面など課題」などの小見出しが続いた記事である.
 全国的にうつ病患者が増えたために,2007年度版障害者自書によれば精神障害者の数は300万人を超えた.うつ病は重症でなければ外来治療で十分に対応できるものであるが,重篤になったケースや,本人・家族が希望するケースでは適切な医療を受けられる入院先がきわめて少ないのが現状である.そこで精神科病院の病棟を改築してアメニティを高めた病棟を作り,ストレスケア病棟としてうつ病患者を入院させるところが,全国的には20施設程度であるが増えつつある.それによって病床数自体は減ることになるが,それは精神病床数を減らす施策とも合致するものであり,“精神病床の機能分化”のひとつにもなっている.新しい精神科医療の場の提供である.
図1 平成18年(2006)3月14日朝H新聞朝刊の22両,「うつ病癒やす専門病棟」の記事
 

■ 実際の評価
  メディア・ドクターとしての評価は米国メディア・ドクターホームページを参考にして,下記の標準的な10項目から行うこととした.そして,それぞれの項目に関して,評価者が“満足” “不満” “評価対象外”をチェックしていくという手順に従って評価した.総合結果は“満足”の獲得割合で評価し,結果は星の数で表し,最高ランクは5つ星(9項目か10項目で“満足”と評価された場合)となる.
 

■ 記事の評価
@ 治療の新規性……この病棟は新しいものであり,十分に“治療の新規性”を評価できるので,“満足”と評価した.
A 治療アクセス……この記事のなかには全国13のストレスケア病棟をもつ病院が電話番号付きで掲載されていて,読者にとってのアクセスは容易であるため,“満足”と評価した.
B 代替性……これはこの新しい治療(この記事では入院形態)が従来の治療と比べた長所・短所や違いなどの言及を意味している.記事のなかには従来の精神科病棟での治療についても触れているため“満足”と評価した.
C あおり・病気作り……この記事は決して大げさはなく,うつ病患者をいたずらに増やすこともないので,“満足”と評価した.
D エビデンスの質……この記事のなかには“日本ストレス病棟研究会”ができた経緯も紹介され,うつ病学会理事や自助グループ代表らからのコメントを引用している.治療成果はこの時点では数値化されてはいないがいくつかのストレスケア病棟の治療プログラムや人員配置なども正確に記載されているので,“満足”と評価した.
E 治療効果の定量化……この記事中には記載されていないため(実際にこの時点では治療効果は定量化されていないが),“不満”と評価した.
F 治療の弊害……治療の弊害については述べられていないので,ここでは“不満”と評価せざるをえなかった.
G 治療コスト……保険点数は十分でないことは書かれているが,実際には患者負担がどれだけか,差額料金がかかるのか,という読者の知りたい情報がないという意味で,“不満”と評価せざるをえない.
H 情報源の独立性……情報源は実名で書かれており,独立性も保たれているので,“満足”と評価した.
I プレスリリース依存……プレスリリースでも他の記事からの引用でもないので,“満足”と評価した.
 全体的には“満足”が7項目,“不満”が3項目であり,最高ランクの5つ星には届かず4つ星と評価された.

■ 評価の問題点と今後の展望
 まず,評価の問題点として,いくつかの評価項目では修正が必要だと思われた.
@治療新規性に関しては,記事になる場合,何らかの新規性が前提になっているので,絶対に必要な評価項目とはいえないと思われた.
A治療アクセスに関しては,たとえば開発記事は現実的レベルにはほど遠いので,アクセスは評価できない.病院などのアクセスを掲載するのは読者にとって有益なことのほうが多いが,医療格差を印象づけることになりはしないか,という不安もある.
B代替性に関しては今回の記事では評価できたが,かならずLも評価できない記事(企業情報など)も多い.
Cあおり・病気作りに関しては非常に影響力があるので,メディアにとっては十分に留意していただきたい項目である.医療者からの,この項目の採点は厳しい.
Dエビデンスの質に関しては,ジャーナリストは“権威”に弱い?のか,大学教授や学会理事長などのコメントが掲載されることが多い.メディアにとって独自のデータベースがあったほうがよいと思われた.
E治療効果の定量化に関してはこの記事では評価できなかったが,正しいものが掲載されれば読者にとって有意義であろう.しかし,医療のなかではこの定量化は難しいし,ひとり歩きしていく危惧を抱く医療者も多い.
F治療の弊害は当然,掲載されなければならない.
G治療コストに関しても掲載が望ましいが,新聞に複数の医療施設のコストが詳しく掲載されるのはいたずらに競争心をあおることになる.このようなコストに関しては,すくなくとも医師は知らないので,取材先は医事課などにすべきである.
H情報源の独立性,Iプレスリリース依存に関しては,比較的評価しやすい項目である.
 今後の展望としては,新聞記事は比較的,記事として満足度が高いが,娯楽性を追いがちなテレビの健康番組や,週刊誌の記事などもメディア・ドクターの対象にすべきであると思う.さらに,インターネットだけで記事を流すオンライン媒体も厳しく評価していく必要がある.
 このようなメディア・ドクターは医療者だけが行うのではなく,同じ記事をメディアサイドも評価してみる必要がある.たとえば,あおり記事的なものに対して医療者は厳しいが,メディア側は大目にみてしまう傾向があることがわかったからである.このような立場の違いを明らかにした評価を相互に検討することによって,より公正な記事作りに役立てていただきたいと思う.
 

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